懲罰的損害賠償(Punitive Damages)

アメリカでは,補償的損害賠償(compensatory damages)の他,懲罰的損害賠償(Punitive Damages)が認められることがあります。
補償的損害賠償は,日本でも認められる相当因果関係のある損害の賠償のことです。
これに対し,懲罰的損害賠償は,実際の損害とは無関係に,制裁的に多額の賠償を課し,二度とそのようなことをしないように予防するために認められるものです。巨大な企業が,誰かの犠牲の上で大きな利益をあげている時に,懲罰的損害賠償を認めて,そのような営利行為をしても割に合わないことを知らしめるために,認められることが多いようです。

これに対し,日本では,懲罰的損害賠償が認められることはありません。

では,アメリカの会社がアメリカで日本の会社に対して裁判を提起し,懲罰的損害賠償が認められたとき,そのアメリカの会社は,日本にある会社の財産に対して強制執行をすることができるのでしょうか。

これに関して判断した判決に,最高裁平成9年7月11日第二小法廷判決があります。
その法的構成は次のとおりです。

まず,民事訴訟法118条は,次のように規定しています。

 (外国裁判所の確定判決の効力)
  第118条  外国裁判所の確定判決は、次に掲げる要件のすべてを具備する場合に限り、その効力を有する。
   一  法令又は条約により外国裁判所の裁判権が認められること。
   二  敗訴の被告が訴訟の開始に必要な呼出し若しくは命令の送達(公示送達その他これに類する送達を除く。)を受けたこと又はこれを受けなかったが応訴したこと。
   三  判決の内容及び訴訟手続が日本における公の秩序又は善良の風俗に反しないこと。
   四  相互の保証があること。

  本件の裁判では,懲罰的損害賠償請求が「公の秩序」(3号)に反しないかどうかが検討されました。
  最高裁は,以下の理由で,「本件外国判決のうち,補償的損害賠償及び訴訟費用に加えて,見せしめと制裁のために被上告会社に対し懲罰的損害賠償としての金員の支払を命じた部分は,我が国の公の秩序に反するから,その効力を有しないものとしなければならない。」としました。

「懲罰的損害賠償の制度は,悪性の強い行為をした加害者に対し,実際に生じた損害の賠償に加えて,さらに賠償金の支払を命ずることにより,加害者に制裁を加え,かつ,将来における同様の行為を抑止しようとするものであることが明らかであって,その目的からすると,むしろ我が国における罰金等の刑罰とほぼ同様の意義を有するものということができる。
これに対し,我が国の不法行為に基づく損害賠償制度は,被害者に生じた現実の損害を金銭的に評価し,加害者にこれを賠償させることにより,被害者が被った不利益を補てんして,不法行為がなかったときの状態に回復させることを目的とするものであり,加害者に対する制裁や,将来における同様の行為の抑止,すなわち一般予防を目的とするものではない。
もっとも,加害者に対して損害賠償義務を課することによって,結果的に加害者に対する制裁ないし一般予防の効果を生ずることがあるとしても,それは被害者が被った不利益を回復するために加害者に対し損害賠償義務を負わせたことの反射的,副次的な効果にすぎず,加害者に対する制裁及び一般予防を本来的な目的とする懲罰的損害賠償の制度とは本質的に異なるというべきである。我が国においては加害者に対して制裁を科し,将来の同様の行為を抑止することは,刑事上又は行政上の制裁にゆだねられているのである。
そうしてみると,不法行為の当事者間において,被害者が加害者から,実際に生じた損害の賠償に加えて,制裁及び一般予防を目的とする賠償金の支払を受け得るとすることは,右に見た我が国における不法行為に基づく損害賠償制度の基本原則ないし基本理念と相いれないものであると認められる。」

つまり,獲得した判決が他国で強制執行をするに当たってその効力が認められないこともあるわけです。
この不都合を回避するために,仲裁合意をしておくということも検討しておきましょう。